※創刊号(2021.8.8)~第37号(2022.4.10)はこちらをご覧ください。⇒ https://yumejitotaiwan.exblog.jp
※ビジュアル夢二ブログ「夢二と台湾」⇒ https://jasmineproject.amebaownd.com/

 

 

■メッセージ■

416日は体調不良で1回お休みとなってしまいました。

44日にパートナーのWoodyこと林立富氏が台湾から、同月9日にはベルリンから夢二ファンになってくれたペンパルのJacqueline母娘が続けて来日し、日ごろの体力低下の証が出てしまったようです。やはり何をするにしても身体が資本。動けなくなったら大変、ということは昨年末に1か月ほど入院して十分わかったはずですが、体力はそう簡単にはつかないようで、十分注意しないといけません。

そして、12日に遂に帯状疱疹を発症し、またお休みしてしまいました。"(-""-)"申し訳ありません。

まだ完治していませんが幸い悪化はしなかったため、シナリオ制作も大詰めになっていることもあり、用心しながら頑張っていこうと思っています。

なんとか11月の台湾での講演会も再来年と約束したベルリン訪問もやり抜きたいと思っています。

▼アオサギの赤ちゃんも大きくなってきて迫力満点
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▼飛び去るコサギを横目で見て「僕だってもうすぐ飛べるぞ!」とアオサギくん
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■竹久夢二の素顔■

●堀柳女「二つの思い出」(1)(『竹久夢二』竹久夢二美術館(石川桂子学芸員)監修(河出書房新社)の「二つの思い出」より)

(注)本文は、堀柳女が『別冊週刊読売』第3巻第1号(1976年(昭和51年)(読売新聞社))に掲載したものです。

 わたしが初めて夢二先生にお目にかかったのは、本郷の菊富士ホテルでした。それまで先生とは手紙のやりとりはしていまして、その文通時代が長かったんですが、京都からお戻りになった先生が菊富士ホテルにいらっしゃるところへお訪ねしたのが、最初だったと思います。

 その菊富士ホテルにおうかがいした日のことで、ちょっとした思い出があります。ほかのことはあんまり覚えていませんが、そのとき、チコちゃん(夢二の次男竹久不二彦氏)がホテルのベッドに林檎を持って寝そべっていました。白いベッドに、赤い林檎の色がとっても鮮やかなんです。そのいかにもかわいらしいチコちゃんの姿を見たとき、わたしは自分の子供の頃のある一日を、不意に思い出しました。

 わたしは六歳のときに、堀の家へ養女になってまいりましたんですが、そのとき、車に乗って、赤い林檎をひとつ膝の上にのせて養家に向いました。チコちゃんのその年格好と、赤い林檎から、わたしはそのときの自分の気持をまざまざと思い出したんです。

 林檎って、淋しいもんだなあ、と思いましたね。

 わたしが菊富士ホテルをお訪ねしたのは、二十三、四歳の頃でしたでしょうか。

 そのあと、しばらく夢二先生にお目にかからなかったことがあるんですが、例の松原の先生のアトリエを、わたしは偶然見つけたんです。その頃私もあのあたりに下宿して、まあ、絵の勉強をしていました。ある日通りがかりにちょっと目についた家が、どうも夢二先生のアトリエじゃないか、っていう気がしたんですね。変わった形の家でしたし、そうして見ているうちに、窓のところに先生の図案らしいカーテンが見えたので、わたしは確信したわけです。その日はちょっとポストに紙きれをほうり込んで、それからちょいちょい遊びに行くようになりました。

 それからだいぶんあとの話ですが、夢二先生の作品に曲をつけたものを演奏する会があって、先生から行かないか、って誘われたもんですから、わたしも皆といっしょにくっついて行きました。会場は神田のへんだったと思いますけど、皆で歩いていると、ちょっと遅れて、女の人がついて来るんです。すると先生が、堀君、あれお葉だから帰ってもらってくれないか、っておっしゃる。どうして先生わたしにいやな役目させるんだろうと思いながら、わたしが戻って行くと、柳の枝がしだれている土橋の上にお葉さんが立っていました。(つづく)

※堀 柳女 (ほり りゅうじょ)1897825 - 1984129日。日本の衣装人形作家。東京都港区生まれ。本名は山田松枝。自然を取り入れた「柳女人形」で知られる人間国宝。日本伝統工芸会鑑査・審査委員。全日本伝統工芸選抜作家展運営・選考委員。はじめ日本画を手がけたが、後に人形創作に転じた。1930年に竹久夢二らと人形制作グループ「どんたく社」を結成し、第1回人形展「雛(ひいな)によする」が銀座で開催された。1934年に野口光彦や鹿児島寿蔵らと甲戌会を結成し、創作人形運動。1936年、帝展で鹿児島寿蔵、平田郷陽ら5人とともに初入選(「文殻」)。翌年、創作人形塾を開く。女性では初であった。1955年、衣裳人形で人間国宝に認定された。著書に「人形に心あり」「堀柳女人形」など。(wikipediaより)

▼堀柳女と関連書籍
堀柳女 (2)
本「堀柳女人形」 (2)
 

■夢二の台湾旅行関係資料の紹介

論文「昭和8年の夢二の訪台 『台湾日々新報新資料による」(女子美術短期大学・大学院博士・西恭子)

3 『台湾日日新報』にみられる二つの論説

 竹久夢二は、『台湾日日新報』に二つの論説を発表している。台湾到着の翌日の昭和8年(19331027日と帰国後の同年1114日である。

(1)『台湾日日新報』(第12055号) 昭和81027日発行・七面の論説

 記事には、「ナチスの芸術は段々希薄に 竹久夢二画伯語る」という見出しがある。

 続いて、「ドイツの一美術学校教授たること半年、ナチスから追われて帰朝したと云わるる竹久夢二画伯のナチス談」としたあとで、ドイツの情勢に触れた夢二の論説を掲載している。

掲載された論説を以下に記す。

 私はナチスから追われたと云うことはありません。例のユダヤ人の排斥で技術、芸術家のユダヤ人が人種的迫害を受けた結果、ドイツの技術も見込がなくなったので帰ってきました。日本人排斥と云うことなどありませんが、事実をゆがめて通信をやったと云うのでこうした目にあった例があるそうです。

ユダヤ人には技術、芸術家など頭のよいのが沢山おりますが、これらは漸次迫害されて国外退去をしていますけれど、例外として金融資本家のユダヤ人はなんら排斥を受けていないのは資本主義時代の一つの矛盾を示している様です。西洋人の複雑した感情はどうも私共にはよくわかりません。ナチスの芸術は今後だんだん希薄になって行きますが、美術は彼等の生活に大した影響はなくとも、音楽が聞けなくなると云うことは一番の苦しみだろうと思ひます。

 

夢二がベルリンを訪れた時期は、ドイツがヒトラー時代を迎えた時であった。

ヒトラーは政権を確立した1933323日に政府の宣言として、文化政策を試み、全ての教育制度、演劇、文学、新聞、ラジオ等の領域からユダヤ人など非ドイツ的異分子を一掃した。

芸術は常にその時代の義務を負っていたものであり、その時代の精神に奉仕し服従するものであることを力説した。ワイマール共和国の精神的基礎を破壊し、ナチス政治と文化の渾然たる一元化を実行したのである。

ナチスの文化統制を積極的に実施する国家の行政機構として1933313日に國民啓蒙宣伝省を設置した。次いで同年922日に國文化院法として、基本法7ヶ条を制定した。美術については、その国法上の組織体として、國造形美術院を設立した。
 このような状況の中、ワイマール文化の象徴的なハウハウスは、取り壊された。ヨハネス・イッテンは、自分の教育を広めるために美術工芸学校(イッテン・シューレ)を設立した。

昭和7年末頃に、夢二は、ベルリンのイッテン・シューレを訪れた。イッテンの妻アンネリーゼは、夢二を南画派として後記している。

夢二は、同校で昭和8年(1933626日まで日本画講習会をしていた。

従って、台湾日日新報記者が「ナチスから追われて帰朝した」と考えるのは自然なことである。

夢二は、昭和831日から430日の手記を「望春―伯林客中記」として記している。

その331日の手記には、

 明日からナッチは猶太人の店へ貼紙をするという。不買同盟だ。「雇人はかいこすべからず」

 大きなデパアトなどそうするのか、赴くところ人力の勢いというものは怖しい。

と記しており、本論説に「金融資本家のユダヤ人」とあるが、そのことへの最初の疑問が手記に見られる。(つづく)

▼イッテン・シューレ
授業風景(イッテンシューレ)

▼イッテン・シューレで描かれた夢二画
夢二の絵(イッテンシューレ))

■夢二の世界■

PART 4 「夢二のデザイン」(「竹久夢二 《デザイン》モダンガールの宝箱」(竹久夢二美術館 石川桂子著、講談社)より)

5 『中央文学』

大正6年(19174月、年少の文芸愛好家を対象に、春陽堂から創刊された文芸雑誌。夢二は創刊から終刊号以外の56冊に及ぶ表紙絵を飾っている。

大正7年新年号の表紙原画を送る際、夢二が添えた手紙が残されているが、そこには「以後は三度刷りで沢山だとおもひます。図柄やコンポジションについては今年通り、白地(ブランク)を多くした方が好いでせうか。円と角とかの中へ入れた方が好いか」(大正61124日)と、デザインを相談し、意向を伝える様子が記されている。

このような試行錯誤の中で生まれたのが、円や六角形といった図形の中にイラストを配し、その周囲の白地(余白)を重視するといった、他誌とは趣の異なるデザインであった。

▼「竹久夢二 《デザイン》モダンガールの宝箱」(石川桂子著)より
「中央文学」 (2)
 

■夢二情報■

●竹久夢二のハンドレタリングに着目した展覧会、竹久夢二美術館で、雑誌・楽譜表紙などから描き文字を紹介(「FASHION PRESS」より)
https://www.fashion-press.net/news/101134

「竹久夢二 描き文字のデザイン ―大正ロマンのハンドレタリング―」(竹久夢二美術館)(「美術展ナビ」より)

時代を中心に活躍した画家・竹久夢二(18841934)は、グラフィック・デザイナーとしても才能を発揮し、数多くの図案を残した。

本展では、ポスター、書籍装幀、雑誌・楽譜表紙絵等の図案に展開された、夢二による描き文字のデザインを紹介する。ハンドレタリングで表現された個性的な文字に注目し、コンピューターでの制作とは異なる、描き文字ならではの魅力に迫る。

さらに肉筆で残された書、原稿、プライベートに残した日記と手紙の展示を通じて、夢二による多彩な文字の表現が楽しめる。

https://artexhibition.jp/exhibitions/20230302-AEJ1267824/
●夢二郷土美術館が春の企画展「夢二と舞台芸術」を開催。寄贈された夢二作品も初公開(「ガジェット通信」より)

明治時代以降、文明開化により取り入れられた文化の中には、シェイクスピアら外国の作家が手がけた戯曲やオペラ、バレエなどの舞台芸術があった。それらは、歌舞伎や人形浄瑠璃をはじめとした日本古来の芸能と同様、時代に合わせて変容しながら大衆に愛されるようになる。

大正時代を代表するマルチアーティストの竹久夢二氏(1884-1934)は、舞台芸術を愛し、江戸情趣あふれる日本の伝統芸能や異国発祥の舞台が持つ魅力を作品の中で表現。舞台背景を手がけたこともある。

同氏はまた、華やかな舞台上だけでなく、楽屋での様子や練習風景、観客たちの姿もとらえて画題とした。同展では、そんな同氏の大正浪漫の気風漂う舞台芸術の世界を堪能できる。

あわせて、テレビ時代劇や映画の監督として活躍した牧口雄二氏(1936-2021)が愛蔵し、同館に寄贈された竹久夢二氏のコレクションを初公開し、今につながる同氏の影響を紹介する。作品点数は100点以上。会期は37()64()だ。また、同展に関連したさまざまなイベントも開催される。
https://getnews.jp/archives/3390360

●本館企画展「夢二と舞台芸術」(37日~64日、夢二郷土美術館)

 明治時代以降、文明開化により取り入れられた文化の中にはシェイクスピアら外国の作家が手がけた戯曲やオペラ、バレエなどの舞台芸術がありました。それらは歌舞伎や人形浄瑠璃をはじめとした日本古来の芸能と同様、時代に合わせて変容しながら大衆に愛されるようになります。

 大正時代を代表するマルチアーティストの竹久夢二(1884-1934)は舞台芸術を愛し、江戸情趣あふれる日本の伝統芸能や異国発祥のステージが持つ魅力を作品の中で表現し、舞台背景を手がけたこともありました。華やかな舞台上だけでなく、楽屋での様子や練習風景、観客たちの姿もとらえて画題とした夢二による大正浪漫の気風漂う舞台芸術の世界をご堪能ください。

また、当館に寄贈されたテレビ時代劇や映画の監督として活躍した牧口雄二氏(1936-2021)愛蔵の夢二コレクションを初公開し、今につながる夢二の影響をご紹介します。
https://yumeji-art-museum.com/honkan/

★関連イベント★

【「夢二と舞台芸術」特別企画:ドレスコード「赤」】

会期中、赤いものを身に着けてご来館のお客様にオリジナル夢二絵はがきをプレゼントいたします。

記念写真が撮れるフォトスポットも登場!

【貸切特別鑑賞会「宵の夢二 解説つきプレミアムツアー」】

閉館後の美術館を貸切で学芸員の解説とともに楽しむことができる、お土産付きツアー。お庭番頭ねこ「黑の助」もお迎えします。

日程:2023429日(土・祝)17001800

定員:最少催行人数5名(要予約)

参加費(税込):一般1300円、中高大学生900円、小学生800

★体験コーナー(随時)★

【「art café 夢二」でお手紙を書きませんか?】

大正ロマンの香りが漂う優雅な空間で大切な人へお手紙を書いてみませんか?

ガラスペンや筆ペン、色えんぴつなどを自由にお使いいただけます。

(夢二切手付きの絵はがきやレターセットもショップで販売しています。)

※筆記具は数に限りがございます。

※感染予防のため、手指の消毒のご協力をお願いいたします。

場所:art café 夢二

●越懸澤麻衣著『大正時代の音楽文化とセノオ楽譜』が発売中!

https://honno.info/kkan/card.html?isbn=9784867800096

 

●夢二の雰囲気に包まれてオリジナル懐石を楽しめる!――神楽坂「夢二」

https://www.kagurazaka-yumeji.com/