※創刊号(2021.8.8)~第37号(2022.4.10)はこちらをご覧ください。⇒ https://yumejitotaiwan.exblog.jp
※ビジュアル夢二ブログ「夢二と台湾」⇒ https://jasmineproject.amebaownd.com/

 

■メッセージ■

68日にひろたまさき氏の書籍「異国の夢二」が刊行されました。同氏はこのプロジェクトの軸になっている論文「台湾の夢二 ― 最後の旅」の執筆者です。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784065323465

このタイミングでこの本が出たというのは、なんだか不思議な縁が感じられます。

内容は論文を書き直して外遊全体(台湾も含め)を対象としたものでした。台湾部分もかなり編集されています。著者のひろたまさき氏は、2020617日に亡くなっています。

この本は彼の最後の執筆となったもので、死後関係者が2年以上かかって苦労して取りまとめたものでした。

巻末につぎのような奥様の廣田真智子さんの文章があります。

 

(「竹久夢二論」をめぐって ― 昌希のこと)

夫・昌希の晩年の大仕事となったのが「竹久夢二論」でした。

五十年余、共に歩んでまいりましたが、彼の論文にかかわることになるとは思いもつかないことでした。まさきにとって最後の執筆となった「竹久夢二論」に出会い、改めて研究者として生きた「ひろたまさき」を知ることになりました。

「一人の人間がある時代に、どのように対峙し、生きたか」は有名・無名にかかわらず興をそそられます。そして、日本の近代~現代(1920年代、40年代)において、地方都市岡山から東京にやってきて、時代の一寵児となった竹久夢二をさぐることは、多くの発見があるかと思われます。

まさきが、この夢二論にとり組み、完成の間近い頃にガンが見つかりました。

放射線治療での入退院と、身体の悪化のなか、彼の片腕となって、原稿チェックをしてくださったのが高木博志氏で、彼とのやり取りも増えました。次第にまさきは原稿に向かうことも厳しく、作業能率は衰えてまいりました。当時の彼にとっては夢二論しかなかったのでしょう。死の数か月前でした。就寝中、突然起きだし、不動の姿勢でパソコン画面を見つめ続けていました。その様子は尋常ではありませんでした。最後の入院の折には、救急車で運ばれる中、パソコンを離そうとはしませんでした。

制する私のことばで、「これで終わり」ときっぱり言って、パソコンを置きました。彼の心中を察すると、胸が熱くなります。

彼が亡くなり、ほぼ出来上がっていた夢二論を、編集者の互盛央氏、ずっと片腕となってくださった高木博志様や長志珠絵様、金津日出美様の援助で、ここに上梓できたことを亡きまさきと共に心から深く感謝いたします。これで彼も本当に!「終わり」を迎えて、安らげるでしょう。(後略)

 

2020年にひろたまさき氏がお亡くなりになって、20236月に刊行。まさに2020年に企画して今年実施する「夢二と台湾2023」と全く同じタイミング。ひろたさんが私の母校である東京外語大の講師でもあったことで、論文「台湾の夢二 最後の旅」は同大学に収められているというのも不思議な縁です。

11月の講演で取り上げようとしている内容もかなりの部分、ひろた氏の論に頼っています。生誕140周年を前に、夢二が引っ張っているのでしょうか。

▼「異国の夢二」(ひろたまさき著、講談社)
本「異国の夢二」ひろたまさき

 ■竹久夢二の素顔■

●廣田知子「みなと屋の夢二」(8)(『竹久夢二』竹久夢二美術館(石川桂子学芸員)監修(河出書房新社)の「夢二を知る女性たち」より)

(注)本文は、文筆家の廣田知子が『猫町文庫』第四集 2013年(平成25)猫町文庫」に掲載したものです。

 夢二の最初の妻たまきについては既にいろいろな伝記で語り尽くされた観があるが、彼女は生まれ故郷の富山で一度絵画教師と結婚しており、夫の没後兄を頼って上京し、早稲田鶴巻町に「つるや」という絵はがき店を開店したという。明治39111日のことだが、夢二は開店五日目から早慶戦などの野球絵はがきを描いて、「つるや」に通いつめ僅か三ヶ月後の明治401月、2歳年上の「大いなる眼の殊に美しき人」たまきと結婚した。恐らくたまきの存在なくしては夢二独特のあの美人画は生まれなかったであろうし、夢二もそれを自覚して居ればこそ、明治425月にたまきと協議離婚して籍を抜きながら、その後十年近くも同棲生活を続け、長男虹之助を始め、次男不二彦、三男草一の三人の男子をもうけたのであろう。たまきの美の資質については、大方の人が目の大きな面長な顔立ちと、ほっそりした柳腰の立ち姿をあげているが、ソノ自身一番強く印象に焼きついたたまきの特徴は、襟から抜き出た白くたおやかな項(うなじ)と、襟の合わせ目をポット盛り上げたように息づく鳩胸のふくらみで、女同士の間でさえ、思わず絵心を誘い込まれるような嫋々(じょうじょう)たる風情があった。このときたまきは既に34歳にもなっていて、二人の男子を出産した体でありながら、普段着にさえお召の比翼(ひよく)仕立ての着物をそろりと着流して美しい体の線を保つのに努めていた。ぜいたくにわが身を飾るのが何より好きで万事派手好みの女と酷評されているが、一世を風靡した夢二の絵のモデルともなればそれは当然の女心と言わねばなるまい。これもよく夫のモデルとなった鏑木清方の妻が、常にモデルとしての品位を保つために、外出先では厠を借りることさえ憚(はばか)ったと後に述懐しているのを見ると、たまきにも同じモデルとしてのプライドがあったであろう。ソノがたまきに誘われて一緒に床屋へ顔を剃ってもらいに行ったことがあるが、床屋の職人はたまきを女優だと思い込んで色々芝居の話をするので、適当に話を合わせておいたのよと彼女は浮き浮きした様子でソノに弁明した。

「奥さんがあんまりおきれいだからですよ」

とソノが率直に賛辞を呈すると、

「あーらそうかしら」

 とたまきはすっかりご機嫌の様子であった。(つづく)


■夢二の台湾旅行関係資料(2)

1933年の夢二訪台の際、宿泊した「鐡道ホテル」(現・新光三越百貨店)、展覧会を開催した「警察会館」(現・ドラッグストアを中心とする雑居ビル)は「南陽街」という道路沿いにあります。この二つの施設の距離は徒歩2、3分。そこからさらに南に歩くと5分も経たないうちに「児玉総督と後藤新平のための博物館」(現・国立台湾博物館)の象徴的なローマ式のドームが見えてきます。ここは、当時の日本政府が、台湾総督だった児玉源太郎と民政長官だった後藤新平を記念するために設計建造した、殖民成果を代表する記念館で、1915418日に竣工となりました。夢二訪台の18年も前の話です。

夢二と同宿となった画家藤島武二が、いまだに夢二式のファンの女給がいる」と夢二を誘ったカフェー「美人座」もホテルのすぐそばにありますね。

台北に行ったら、一度は夢二の足跡をぶらりと歩いてみてはいかがですか?この周辺は巨大な台北駅前であるにもかかわらず、まるで東京駅八重洲口の裏路地のような雰囲気をいまで垣間見ることができます。

▼古地図(1935年)(プレゼン画像より)
プレゼンコピー(南陽街) (2)
▼南陽街
IMG_9981 (2)
IMG_9977 (2)
IMG_6365 (2)
▼鐡道ホテル
【建物(台湾鉄道ホテル)】1 (2)
▼新光三越百貨店
IMG_8518 (2)
▼警察会館とその跡の雑居ビル
警察會館01 - コピー
IMG_6750 (2)
▼国立台湾博物館
IMG_6571 (2)

 ■夢二の世界■

PART 4 「夢二のデザイン」(「竹久夢二 《デザイン》モダンガールの宝箱」(竹久夢二美術館 石川桂子著、講談社)より)

12 書籍扉

 扉は、改めて本の題名が記される箇所ゆえ、表紙を経て本文に入るまでの仲介の役割を持っている。その特別な意味合いから、扉は本文とは異なる素材の紙が使われたり、また刷りに凝ったりしたものも多い。

 本文に挿絵が入らない書籍の場合、扉のイラストには、表紙絵と同様に本の主題や内容をイメージさせるという役割もある。夢二が手がけた扉は、ときに本の内容を直截的に表すものであったり、ときに意匠性の高いものであったりしたが、いずれも遊び心が感じられる、秀逸なデザインに仕上げられている。(つづく)

▼「竹久夢二 《デザイン》モダンガールの宝箱」(竹久夢二美術館 石川桂子著)より

 「書籍扉」

■夢二情報■

●企画展「夢二が見つめた1920年代」竹久夢二美術館で、関東大震災からモダンガールまで夢二作品を紹介(FASHION PRESSより)

企画展「夢二が見つめた1920年代 ─震災からモダンガールの表現まで─」が、東京の竹久夢二美術館にて、202371()から924()まで開催される。

大正時代から昭和時代へと変わる1920年代は、日本の近代化に伴う様相が広く人びとに浸透していった時代であった。この時期、竹久夢二は、夢二式美人と呼ばれるセンチメンタルな女性像で人気を集める一方、急速に変化する社会を反映した作品も手がけている。

企画展「夢二が見つめた1920年代 ─震災からモダンガールの表現まで─」は、20年代における夢二の創作を紹介する展覧会。関東大震災にまつわるスケッチとエッセイ、当時流行したモダンガールを描いた作品などを展示する。

1923年に発生した関東大震災は、江戸時代の面影を残す東京に甚大な被害をもたらす一方、大規模な復興事業により新たな建築などの整備が進められ、東京は近代的な都市へと変貌してゆくこととなった。本展では、夢二が被災地・東京を描いた「東京災難画信」などを展示し、震災により変わり果てた風景や生活の様子、復興へ向けての動きに光をあてる。

大正時代は、女性の社会進出や関東大震災の発生などを背景に、女性の洋装の需要が高まった時期であった。この頃から昭和初期にかけて、洋装を着用する若い女性は、モダンガールと呼ばれている。会場では、モダンな装いを捉えた夢二の作品に着目し、モダンガールをアール・デコ風に表現した《涼しき装い》や、洋装と和装の取り合わせを描いた《湖畔の秋》などを紹介する。

https://www.fashion-press.net/news/103627

202307夢二美「夢二が見つめた1920年代」


●「生誕140年「竹久夢二のすべて」画家は詩人でデザイナー」(2023714日(金)~2023109日(月)、福田美術館)(「ことしるべ」(京都新聞)より)
本展は2024年に生誕140年、没後90年を迎える画家、竹久夢二の回顧展です。「夢二式美人」と呼ばれ、一世を風靡した美人画の数々に加え、小説の挿絵、楽譜の表紙デザイン、本の装丁や俳句・作詞にいたるまで、多彩な才能を発揮したクリエーターとしての夢二の魅力が詰まった作品の数々をご覧いただきます。関西では、コレクションがまとまって公開されるのは約30年ぶり。夢二ファンはもちろん、老若男女を問わずお楽しみいただける展覧会です。
http://event.kyoto-np.co.jp/event/takehisayumeji140nenn.html

●特別展「竹久夢二-大正ロマンに魅せられて-」(静岡市美術館、協力 株式会社港屋)

2023年(令和5)年611日(土)~ 813日(日) 

一部展示替え [前期]611日~717 [後期]719日~813()

★★本展は撮影可能です(※フラッシュはご遠慮ください)★★

 竹久夢二は明治17年、岡山県邑久郡本庄村の代々酒造業を営む家に次男として生まれます。そして単身上京し、特定の師に就くこともなく独学でいわゆる「夢二式美人」をはじめとする画風を築き上げました。大正モダンの中で確立した作風は、現在でも色褪せることなく多くの人々に愛されています。夢二は複数の女性と関係をもっていたことから、恋多き男性としての側面がよく取り上げられています。しかし夢二は子供向けの童画も多く手掛けており、いつまでも童心を忘れない純粋な精神の持ち主でもありました。

 今回の展覧会では肉筆作品をはじめセノオ楽譜・書簡・著作本・絵葉書・雑誌の挿絵・ポスターまで、夢二が手掛けた幅広い画業に光を当てました。ぜひこの機会に真の夢二像に触れていただければ幸いです。

http://www.hirano-museum.jp/takehisayumeji-taisyouromannnimiserarete.html

●【開幕特集】竹久夢二展ー大正ロマンに魅せられてー 平野美術館(中日新聞 202367日)

特別展「竹久夢二展大正ロマンに魅せられて」(中日新聞東海本社共催)が十日、浜松市中区の平野美術館で開幕します。八月十三日まで。

 「夢二式美人画」と呼ばれる画風を築き、大正ロマンを代表する画家へと上り詰めた夢二(本名・茂次郎(もじろう)、一八八四〜一九三四年)。岡山県の酒造業を営む家の次男として生まれ、特定の師に就かず独学で絵を学びました。

 本展では「竹久夢二専門画廊 港屋」(東京都中央区)などが所蔵する肉筆作品、表紙画を手がけた雑誌や楽譜、千代紙や封筒、関東大震災を報じた新聞記事、自ら撮影した写真を通じ、幅広い創作活動を紹介します。

愛あふれ、花開く マルチな芸術、デザインや詩も

 明治十七年、岡山に生まれた夢二は、詩人や画家を目指して十八歳の時に上京します。新聞や雑誌にコマ絵(挿絵)を投稿するうちに徐々に人気となり、当時の出版文化の隆盛とともに日本中にブームを巻き起こしました。

 婦人グラフの五月号表紙「藤の花」(作品(1))は当時の女性向け高級グラビア雑誌で、夢二人気にあやかり、飛ぶように売れたといわれています。

 生活と美術の融合を目指し、さまざまな生活雑貨のデザインも手掛けています。「千代紙・大椿」(作品(2))は夢二デザインの生活雑貨を売る「港屋絵草子店」で販売されました。

 美人画で有名ですが、キャリアの晩年にいたるまで、子供向けの書籍や雑誌に数多くの表紙絵や挿絵を描きました。「花のたよりの文つかひ」(作品(3))は「少女画報」という当時の女の子向けの雑誌に掲載されました。

 当初、詩人を志していた夢二は多くの詩作も残し、中でも有名なのが夢二が作詞を担当した楽曲「宵待草(よいまちぐさ)」です。この宵待草が発表・掲載されたのが楽譜集「セノオ楽譜」シリーズです。夢二は二百七十余点の表紙絵も手掛け、「ホームソング」(作品(4))は楽譜集に掲載した水彩原画です。

 昭和六年、四十八歳の時に夢二はかねての夢だった欧米への旅に出ます。しかし世界恐慌の中、思うように絵も売れず失望と苦難の連続でした。「舟泊り」(作品(5))は昭和八年にベルリンで描かれた貴重な作品です。体調を崩して帰国した夢二は翌九年、長野で波瀾(はらん)万丈の生涯を五十一歳で閉じます。

 近年では「グラフィックデザイナーの原点」「カワイイの原点」とも評される夢二。本展で夢二芸術の多様性に触れて頂けると幸いです。

(株式会社港屋 代表取締役 大平龍一)

◆会期 8月13日(日)まで。月曜休館。7月17日は開館、同18日は休館

https://www.chunichi.co.jp/article/704998

 

●「竹久夢二 - 大正ロマンに魅せられて - 」(公益財団法人平野美術館)

竹久夢二は明治17年、岡山県邑久郡本庄村の代々酒造業を営む家に次男として生まれます。そして単身上京し、特定の師に就くこともなく独学でいわゆる「夢二式美人」をはじめとする画風を築き上げました。大正モダンの中で確立した作風は、現在でも色褪せることなく多くの人々に愛されています。夢二は複数の女性と関係をもっていたことから、恋多き男性としての側面がよく取り上げられています。しかし夢二は子供向けの童画も多く手掛けており、いつまでも童心を忘れない純粋な精神の持ち主でもありました。

今回の展覧会では肉筆作品をはじめセノオ楽譜・書簡・著作本・絵葉書・雑誌の挿絵・ポスターまで、夢二が手掛けた幅広い画業に光を当てました。ぜひこの機会に真の夢二像に触れていただければ幸いです。

前期: 611日~717

後期: 719日~813
http://www.hirano-museum.jp/takehisayumeji-taisyouromannnimiserarete.html

●竹久夢二の回顧展が京都・福田美術館で - 夢二式美人をはじめ“大正ロマン”の作品約230点を紹介(「FASHION PRESS」より

企画展「生誕140年 竹久夢二のすべて 画家は詩人でデザイナー」が、京都の福田美術館にて、2023714()から109(月・祝)まで開催される。その後、群馬の高崎市美術館ほか、全国を巡回予定だ。

https://www.fashion-press.net/news/104088

●「新聞小説 夢二の「二筆流」 話と挿絵 企画展 湯涌の美術館」(中日新聞)

明治末期−昭和初期に活躍し女性画や挿絵のイメージが強い金沢ゆかりの詩人画家、竹久夢二(一八八四〜一九三四年)の新聞小説四作品を挿絵とともに紹介する企画展が、金沢市湯涌町の金沢湯涌夢二館で開かれている。一作目の「岬」発表から百年の節目に開催。小説を理解すると、女性画などに込められた真意や夢二の生き様をより味わえるようになる。(室木泰彦)

 四作品は、明治中期から昭和の戦前まで東京で発刊した「都新聞」(東京新聞=中日新聞東京本社=の前身)で一九二三年八月〜二七年九月に掲載された。夢二初の三部作、「岬」全七十五回(関東大震災ルポルタージュ「東京災難画信」連載で途中一カ月ほど休載)▽「秘薬紫雪」全四十九回▽「風のやうに」全五十七回−と、体験を基にした自伝的小説「出帆」全百三十四回。

 三部作は恋愛小説。「岬」の告知で夢二は、貞操について女性三人(モデル、温泉地の娘、舞台女優)を書いたとし、「誰も彼も、岬の方へ急ぐ不幸な人達です」と紹介。最終話で一人目で予定枚数を超え三部作にすると記した。主人公女性の破滅的な男性遍歴などを通して男女関係の機微を描き、挿絵などで見られる人物の寂しい姿に重なる部分が多いという。「出帆」は、予告で「いまいましい実録」を「さっさと洗いざらひ書いちまって」と記した通り、生涯三人の女性と親密な関係を持った体験をほぼ再現している。

 国立国会図書館や同館所蔵の都新聞を複写した各第一話を展示。挿絵にあらすじを添え物語の流れが把握できる。「風のやうに」を載せた都新聞の切り抜きも貼ったスクラップブック(同館所蔵)を公開。都新聞の実物もあり、当時の雰囲気を感じることができる。

 担当学芸員の川瀬千尋さんは、挿絵を整理中に、同館所蔵の下絵を完成させたとみられる挿絵が「岬」四十九話で使われたことを発見。川沿いの柳が温泉街の風情を伝える絵で、並べてあるため下絵と挿絵の類似性が分かる。川瀬さんは「特に出帆では女性関係のスキャンダルへの自己弁護と解釈できる部分もある一方、体験が現実に近い形で再現され、小説を読むと絵などをより深く理解できるようになる」と話す。

 企画展は618日まで。火曜休館(祝日の場合は翌平日)。一般・大学生三百十円、六十五歳以上二百十円(祝日無料)、高校生以下無料など。(問)同館076(235)1112

https://www.chunichi.co.jp/article/684708

2023年夏の企画展「Taisyo Romantic Design-夢二のモダン×伝統デザイン-」 当館新収蔵作品《千代紙「きのこ」》を岡山で初公開

202366日(火)~(岡山)夢二郷土美術館本館にて開催 両備ホールディングス株式会社

夢二郷土美術館本館(所在地:岡山県岡山市中区浜2-1-32、館長:小嶋光信、運営:公益財団法人両備文化振興財団)では、202366日(火)より、「Taisyo Romantic Design-夢二のモダン×伝統デザイン-」と題した企画展を開催いたします。

本展では、夢二のスクラップブックから夢二デザインのイメージソースを辿るとともに、夢二式美人に応用された夢二デザインの形もご紹介します。また、夢二がアールヌーヴォーから影響を受けた作品の一つでこのたび当館新収蔵となった《千代紙「きのこ」》を初公開。令和の私たちが見ても胸高鳴る大正浪漫のデザインの数々をお楽しみください。

<夢二郷土美術館 https://yumeji-art-museum.com/

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000174.000052428.html

●大正ロマンを代表する画家・竹久夢二の生誕140年・没後90年を記念した回顧展『竹久夢二のすべて ~画家は詩人でデザイナー』が、7月14日より「福田美術館」(京都市右京区)にて開催。(「L MAGA」より)

雑誌や新聞にコマ絵を寄稿するところからキャリアをスタートさせた夢二。やがて、センチメンタルな表情を浮かべ、退廃的な雰囲気に満ちた女性を描く独特のスタイルは、「夢二式美人画」として一世を風靡した。

また、画家としての活動に加え、雑誌の表紙や日用品のデザインなども手がけ、さらには詩集も発表するなど、マルチな分野で活躍。日本のグラフィックデザインやアートディレクションの草分けともいえる存在であった。

同展覧会では、そんな夢二の作品の魅力を、6章の展示にわたって紹介。前半では、彼の代表作ともいえる美人画の数々を展示。恋多き夢二が恋人に送った手紙や絵画で、彼のドラマチックな人生を辿る。

後半では、彼の作品を通じて夢二の文芸界・音楽界との深い繋がりや、夢二がデザインした日用雑貨を紹介。時代を経ても色あせない雑貨の数々が並ぶという。最終章「夢二のまなざし」では豊かな創作欲の源となったスケッチの数々が公開される。

期間は7月14日~10月9日。時間は朝10時~夕方5時。入館料は1500円ほか

https://news.yahoo.co.jp/articles/1603670fd157c3f82c81fc3ab7a232df6e8bf1d0

●「乙女デザイン -大正イマジュリィの世界-」(秋田県立美術館、422() 72()

イマジュリィ“imagerie”とは、イメージ図像を意味するフランス語で、装幀、挿絵、ポスター、絵はがき、広告、漫画など大衆的な複製としての印刷・版画の総称です。

マスメディアの発達や印刷技術の進歩により、多彩な大衆文化が花開いた大正~昭和初期。さまざまな書籍や印刷物のイマジュリィが人気作家によって描かれ、人々の心を魅了しました。この時代のイマジュリィは、現代のデザインやイラストレーションの原点であるとともに、レトロでノスタルジックな大正ロマンの雰囲気を感じさせるアートとして現在も幅広い世代に愛好されています。

本展では、アール・ヌーヴォー様式の橋口五葉、アール・デコに取り組んだ杉浦非水や小林かいち、少女趣味の高畠華宵、抒情的な乙女像で一世を風靡した竹久夢二、そして秋田出身の橘小夢など、大正イマジュリィを生み出した作家たちを紹介します。

今見てもおしゃれでかわいい、魅力的な大正イマジュリィの世界をお楽しみください。

https://www.akita-museum-of-art.jp/event/show_detail.php?serial_no=370

●「竹久夢二 描き文字のデザイン ―大正ロマンのハンドレタリング―」(竹久夢二美術館)(625日まで)

大正時代を中心に活躍した画家・竹久夢二(1884-1934)は、グラフィック・デザイナーとしても才能を発揮し、数多くの図案を残しました。

本展では、ポスター、書籍装幀、雑誌・楽譜表紙絵等の図案に展開された、夢二による描き文字のデザインを紹介します。ハンドレタリングで表現された個性的な文字に注目し、コンピューターでの制作とは異なる、描き文字ならではの魅力に迫ります。

さらに肉筆で残された書、原稿、プライベートに残した日記と手紙の展示を通じて、夢二による多彩な文字の表現をお楽しみください。 協力:雪朱里

https://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yumeji/exhibition/now.html

●越懸澤麻衣著『大正時代の音楽文化とセノオ楽譜』が発売中!

https://honno.info/kkan/card.html?isbn=9784867800096

●夢二の雰囲気に包まれてオリジナル懐石を楽しめる!――神楽坂「夢二」

https://www.kagurazaka-yumeji.com/